再度訪台。山奥ツアー第3弾は2000m超えの高山地域、日本統治時代に「見晴(みはらし)」と呼ばれた「清境」へ。
漢人の方々が「いい所です!本当にきれいです!!絶対に行った方がいいです!」と大絶賛。「見どころは、景色、かわいいペンション、羊の毛刈りショーです!!」
エ?(°∇°;)
実はこの「大絶賛」が、原住民Pさんの心の地雷を踏んでいました。
ところで、毛刈りショーって面白いのかなあ??
漢人のみなさんに言わせると、羊の毛刈りショーはとてもエキサイティング。休日は道路が大渋滞するほど大盛況。台湾でのお約束、人が集まるところには無許可だろうが何だろうが食べ物を売る屋台がたくさん出没。それがまた大賑わいで楽しいんだとか。
見渡せば「欧州風」の・・・(というか、それをイメージしたっぽい)ペンションが乱立。違和感を感じ、写真に収める気も失せたので撮っていません。
ここで聞こえるのはアルペンホルンの音やヨーデルではなく演歌。欧州風のペンションがあっても、常に”ド・演歌”!、しかも、大音量。
これがPさんにとっては、頭痛のタネ。
既にたくさんの飲食店や宿泊施設が立ち並んでいるのに、それでもまだ競い合うように開発は続いています。標高2000m近いエリアのこのあたりも工事中の看板だらけなのに、さらに高いエリアへと開発の手を伸ばしているとか。
これが、観光産業だけで済むわけがなく・・・
Pさんの言い分、強調。
あいつら(漢人)は、商売のために森林を無計画に容赦なく伐採し、
平地でしかまともに育たない野菜を無理やり植えて、
”高山ナントカ”と名前をつけて、高い値段で売っている!
Pさんなりのささやかな、乱開発への抵抗は続いています。
そのひとつは、漢人が経営する施設の入場料を交渉し、タダで入ってしまったりすること(笑)。「払わなくて大丈夫なんですか?!」とオロオロする私に、
ダ~イジョウブ~。
ここは原住民の土地~。何故払う?抗議するー!!
念のため申し上げておくと、彼なりの抵抗運動であって、原住民のみんながこうではありません(笑)。また、彼が払わないものは公的な施設、たとえば「有料道路」とか「入場料」といった類のもの。飲食店や物販店では普通に支払っています。犯罪になっちゃうからっていうのもあるけど、漢人にも個人の生活や事情があることなども理解しているし、個人を攻撃したり迷惑をかけるつもりは全くないからです。
むしろ、紳士的な振舞いをしているくらいです。
「Pさんの気持ちも事情も少しわかったけど、日本から来た私が払わないことが、あとあと諍いの元になるといけないので、お支払いしますけど・・・・」と、支払いの意思を伝えてみました。
私はあと数日で日本に帰ってしまうけど、彼らはこの土地で今後も生活をしていくのだから、せめて「その後トラブルのタネ」にならないようにしたいと思いますよね?
けれど、そう言いながら、何かモヤっとしたんですよね。
配慮をしつつも、いわゆる日本人的な「事なかれ主義」「臭い物には蓋」にも見えるかもしれないとも思う。とりあえず・・・と言ってその場を治め、尊重する振りをしながら自分には関係がないこととして回避をし、思考を放棄してないかな?そんな疑問を感じていたのも事実。
じゃあ、どう対応するのかというと、どれも正しいような正しくないような・・・。
うーん、困ったな。だけど、私は「今」「ここ」に「彼らと共に」居るのだから、この人が感じていることをもっと聞かせてもらうことにしよう!
それから決めてもいいんじゃないかと。
すると、ニカ~~~と笑って、
ダ~イジョウブ~。
原住民の友達は、原住民と同じ~
何だかわかるようなわからないような返答。
Pさんの言い分はこう。ここも強調しておきます。
日本統治時代は、もっと森林や川の水も大切にしていた。
だけど、今は漢人の乱開発のせいで、山は削られ、
木々は減り、地盤はゆるみ、土地は痩せ、水は汚れた。
鳥や動物たちの居場所も減っている。
次々と押し寄せる漢人が散らかしたゴミと悪臭、
撒き散らす騒音や排気ガス、引き起こす様々な事故や騒動。
ホントにひどい目に遭っている!
お金が儲ることがわかれば、乱開発はどんどんエスカレートしていく。
儲からないとわかれば、漢人は非常にあっさり手を引く。
だから、絶対に儲けさせたくない。
原住民が、自分達の土地に遊びに来てくれた友達を
ただ案内しているだけ。
なのに何で、漢人がお金を受け取るのか。
おかしいではないか、納得がいかない!
抗議するー!!
ということでした。もっとも過ぎる(笑)。ことあるごとにPさんが「ここは原住民の土地~」と言うのには、こんな思いが込められていたのですね。
原住民も時代と共に、生活様式も言葉も漢化されているとはいえ、自然を大切にし、木々や岩々を神格化するような宗教心を持っている人たち。こうして目の前で自然が破壊されていく光景は、身を斬られるようにつらく、我慢ならないもののはずです。
私達が疑問を持たずにいたことや、楽しいとか便利だと喜んでいる姿を、彼らは複雑な気持ちで見聞きしていたのかもしれないです。
わずか数日ではあったけれど、彼らの土地を歩き、その地で沸く水を飲み、一緒に舞う蝶を追いかけ、野生動物に怯え、家にも招いてもらい、彼らが振舞ってくれた料理に舌鼓を打ちました。彼らの歴史、思い、いくつか言葉も教わりました。中には抗日事件などつらいものもありました。
実際に話をし、行動を共にしなければ決してわからなかったことがたくさんあります。Pさん達と共にした数日間で理解できたことや感じたことは、これからも大切にしていきたいと思います。
Pさん、ありがとう。
* * * * * *
<編集後記>
実際に見聞きしてないのに、勝手にイメージしたり、〇〇だと決めつけたり、思い込んだりしていることってたくさんありますよね。思い込んだことすら気づかないことさえあります。「ちょっと待てよ?実際に見たことないのに、私は何でそう思ってるんだろう」とか、「この人たちの話を聴いてみよう」という気持ちの余白は失いたくないですね。
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